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天野圭介 お山の中のフォレストガーデン

2017.06.27

我が家の先駆植物(Pioneers)たち

みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

 東海地方は6/7に梅雨入りしたと発表がありましたが、全く雨が降りません!近所の沢も枯れてしまい、本当に水が欲しい…。日本は水の豊かな国と言われますが、これからは水の備蓄が重要なデザインになってくると思います。本当に、本当に、先の読めない時代になりました。予想もつかない自然現象が、これからどんどん起こってくるでしょう。

 そんな時唯一、人が頼りにできる存在。それは植物です。何億年もの間、気候変動に対応して生き残ってきた大先輩の植物たち。彼らの環境適応能力に、人はすがるしかないのだと思います。わずか80年ほどの寿命しか持たない人間は、そんなに簡単に進化できません。生きるとは、常に変化に順応することです。だからこそ、頼りになる植物たちを家族の一員とした、フォレストガーデンが必要になってくるのです。

 我が家では、5/30から田植えの準備を始め、6/5には2.5反の田んぼの田植えを終えました。その後、古民家の改修やフォレストガーデンのもととなる考え方である、パーマカルチャー(持続可能なライフスタイルデザイン)を中学生に授業で教えしたりしていました。6月下旬には、いよいよ古民家に引っ越しする予定です。

 さて、今回のブログで皆さんに紹介したいこと。それは、先駆植物(Pioneers)達です。先駆植物って、なんだか分かりますか?パイオニア植物ともいわれるこの子たちは、ある場所が森になろうとする時、まず最初に姿を現す、頼もしき先駆者たちです。前回の観察のブログに続き、今回も我がフォレストガーデンの現状を少し観察してみたいと思います。

 森が切り開かれ、今まで日陰で安定していた場所が直射日光にさらされる。そんな一瞬の環境変化を狙って、パイオニアは姿を現します。我が家では、茶の木を伐根し急に日当たりが良くなった土地に、ダンドボロギクが一斉に生えてきました。北アメリカ原産の1年草で、英名はfire weed。名前の通り、山火事や伐採跡に突然大群落をつくります。しかし、多くのパイオニア同様、わずか数年で姿を消してしまいます。

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(バライチゴ。伐採跡地に2,3年すると大繁殖する。実は小さく、とても美味しい。母が昔、よくジャムを作ってくれた。)

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(ダンドボロギク。多汁性で、臭い菊のような臭いがする。)

 これらパイオニア植物は他の植物より成長が早かったり、乾燥や日照りに強かったり、硬い土でもしっかり根を張ったりと、とにかく強靭です。だからこそ、この一瞬のチャンスを逃さず、短い時間で自分たちの子孫を残すことができるのです。

 さらに、パイオニアは強い日差しから土を守り、ゆくゆく大きくなり、森の冠を形成する高木(椎、樫、楢など)が育つことのできる日陰を作ります。パイオニアのお陰で、多くの生き物が安定して暮らすことのできる森が生まれるのです。クズ、アカメガシワ、タラ、ヌルデ、バライチゴなど、パイオニアを見つけたら、そこが森になろうとしているのだと思ってください。そして一言、「ありがとう、パイオニア」と声をかけてあげましょう!

 ちなみに我が家では、茶畑跡地には野菜や果樹を植えたい為、森になってもらっては困ります。その為、ここは堆肥を入れたり、草をいれたりしながら耕して、森と畑のあいの子であるフォレストガーデンにしていきます。森に戻るところとフォレストガーデンになるところ。1つの場所にいろいろな環境と生態系を生み出すことも、多様性を維持するためには重要なことです。人と自然の都合を考慮し、折り合いをつけていきたいと思っています。

 それでは、次回のブログもお楽しみに~!

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(伐採跡地で日当たりが良くなると、竹が一斉に根を伸ばし、勢いを増してきた。)

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(野生化したゴボウ。マイクロトマト、キクイモ、シソ、在来カボチャなど、野生化できる野菜はこぼれダネで勝手に生えてもらう。)

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天野圭介

天野圭介(あまのけいすけ)
静岡県 浜松市

1985年神奈川県生まれ。2歳の時に父が脱サラし、静岡県の山奥でペンション経営を開始。そこでの自然と一体となった暮らしを原点に、アフリカ諸国を旅した後、オーストラリアでパーマカルチャーを学ぶ。帰国後、2014年、郷里に近い浜松市にて就農、農園『ONE TREE』を始める。米や大豆をメインに栽培。2015年には、世代を超えた有機農家の連携を図るために「ラブファーマーズカンファレンス」も開催した。

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