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2014.12.22

【第3回】世界視点で有機農業を考える

◆有機農業の世界的認証基準の草分け
日本の有機農業を考えていく上で、海外の動きを知ることは大いに参考になる。農業に詳しくない人でも、各国の気候・風土や国民性、国際政治・経済というマクロな視点でみてみると興味を抱くはずだ。今回のコラムは、世界規模で有機農業の普及・啓発に取り組む国際NGO「IFOAM」(アイフォーム、本部・独ボン)の地域組織、IFOAMジャパンの村山勝茂理事長の豊富な海外知見と独自の見解を紹介しながら、日本の有機農業事情を考える。

IFOAMは農業の世界以外では、あまり知られていないが、過去40年余りの有機農業界でその歴史的役割は特筆される。1970年代に入り、欧米各国で法整備が進み、国際取引も盛んになると、国際的な有機認証の統一基準作りへの機運が高まった。この時、欧米の有機農家が信頼性向上と普及を目指して、1972年にパリ郊外ヴェルサイユを拠点に結成したのがIFOAMだった。村山氏は「70年代の欧州統合を背景に、有機認定の基準作りが進むなかで、IFOAMがその先達を果たしたことになる」と解説する。

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◆基準に基づく運動の拡大 
後にIFOAMが作った基礎基準は、ECの規則づくりや、FAOとWHOが合同で設置した食品安全委員会(コーデックス委員会)の基準づくりの基礎となった。なお99年に日本でJAS法が改正され、有機農業の規格(JAS規格)が設置された際にはコーデックス委員会のガイドラインに基づいている。その意味で、IFOAMは欧米や国際機関、そして日本の有機農業のレギュレーションの源流になったといえる。

IFOAMジャパンは、90年代後半から準備に入り2001年に設立された。「70年代当時、世界の有機農業は科学的知見と国策に基づく基準づくりの運動になっていたが、日本では理念的な運動であった」。理事長である村山氏は、海外に築いてきた豊富な人脈を生かし、欧米の運動と日本の運動との接点を探した。現在も国内の有機農業の普及に努め、有機農産物・加工品について生産者、消費者、関連業者などへの啓発活動や海外の有機農業情報の提供、国際会議への参加等、精力的に活動している。

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◆海外の有機農業事情~先進する欧州
ここで主な国・地域の有機農業事業を見ていこう。
世界で最も先進的なのはヨーロッパ。気候風土が冷涼・乾燥して害虫が発生しづらく、食の安全意識が総じて高いことも有機農業を盛んにしている。1991年、EU域内の農産品で有機の名称を使う場合には、公的に登録された機関の認証を必要とする規則作りの制定をしたのを始め、長年レギュレーションが整備されてきた。質だけではなく、量でも圧倒しており、少々古いデータながら、2008年時点で、EU27カ国で有機農法の生産者は19万6,200人いる。日本の20倍近くに上るが(JAS法で認定された農家は2010年度が1万1859人)、注目したいのは全体の農家に占める有機農家の比率だ。

一方の日本はJAS法で認定された数に限られると、全体の0.2%(2011年)に過ぎない。これに対し、欧州(2010年)では、オーストリア(17.25%)を筆頭に、スウェーデン(14.3%)、エストニア(12.8%)等が高い比率を示している。なお、これらの数字は、国土が広大で同じく農業大国であるカナダ(1.2%)や米国(0.6%)と比べても上回っているから、それぞれの国内農業での存在感が大きいことが分かるだろう
(出典:IFOAM「The world of organic agriculture」)。

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◆イタリアの実例
欧州各国の中で村山氏が注目するのはイタリアだ。ぶどうやオリーブ、とうもろこし、トマト等の栽培で知られ、有機農家の比率も約9%程度を維持。有機農業の作付面積でも欧州で屈指の規模を誇るが、村山氏は「イタリアでは、昔から伝わる食品と地域自立を守ろうとする精神が、伝統的に根付いている」という。

イタリアでは、農村部だけでなく、「ミラノでは一般市民から為政者までリサイクルへの意識も非常に高い」とエコロジーの運動が盛んだというが、そうした取り組みを象徴する事例がガス(GAS)運動だ。「GASは日本の生協と少し似ているが、安心安全に関心の強い消費者が共同で地域の農家を支えようと農作物を購入するグループ。ただ彼らの物差しはいかに環境に優しいかを重視していることだ」という。

一方、新興国では、ブラジルについて「技術者や学者など、多くの人材をスイスに留学させてどんどん有機農業を普及させている」と注目。日本も含めアジアは高温多湿の気候風土から害虫や雑草が多く生じるなど有機農業が難しく、有機農家の比率が1%台を超えるのは韓国のみと低調だ。ただ、村山氏は、中国について「農薬の問題等があったり、認証が甘かったりするが、実は基準は厳しい」と意外な事実を元に潜在能力を指摘する。2011年時点では、有機の面積ではイタリアの倍近く、4年間で120%増加した。「農家の数が多いし、日本がニッチな作物で市場を築いても数年で追いついてくるだけの力はある」。国土は元々広大だけに、経済発展と共に有機農業大国になる可能性を秘める。

◆有機農業を広めるためには、まずは食べ物との向き合い方から
なぜ日本では有機農業が広まっていかないのか。前述の通り、気候ゆえの雑草、病虫害被害が多いことも大きな要因だが、それだけではないと村山氏は語る。村山氏は世界各地の有機農業事情を見聞しているからこそ、有機農業が日本で欧米よりも取り組みが遅れる背景に、日本社会の農業や農産品、食べ物への向き合い方に疑問を投げかける。「有機農業は農薬や化学肥料を使わない野菜の作り方というだけではなく、それらが環境に与える影響にも視点を広げ、長いスパンで見た場合に“今、使うあるいは使わない”という選択がどの様な結果になるかまで考えなくてはいけない」。

その具体的な方向性については「安全安心をひとつ考えるにしてもそれがどこからきているのか考える方向にいかねばならないが、現状はごく一部の生産者と裕福な人たちとの連携になりがち」と指摘する。

では、一部の人にとどまらず、社会的に自然をリスペクトし、有機農業を広げるにはどうすればいいのか。村山氏は欧州では、有機農業の仕組みを学校で教えるが、教育の違いも大きい」とする。「イタリア人がGASを支えているのを見ても、欧州では子どもの頃から環境に関する高いレベルの教育を受けているので個人個人の食生活への取り組みが日本と違う」とも語る。

◆地域との連携、循環が大切
さらに村山氏は、有機農業の先進国のように、田畑の中だけではなく、周囲の自然に加えて集落の水や飼料といった部分も「有機」的で自己完結しなければ環境を守れないとしており、日本ではその意識があまりないことが問題であると続ける。

イタリアでは、各地域での歴史や伝統、文化などの地域に対するこだわりと農業が一体化している。それゆえに守ろうとする意識が働き、有機農業の重要性を子供の頃から自然に理解し、受け継ぐ環境ができている。日本も昔は地域生活と農業の密接な関わりが見られ、人々の意識にすりこまれていったが、現代では収入を得る手段や生活様式が変わり、そうした意識が薄れてしまっている。「こうしたことは良く議論されているが、いざ自分を振り返ると、なかなかそう簡単にはいかない現実がある」。自ら有機農業をベースに自給自足を目指すコミュニティづくりを行ってきた村山氏だからこそ、それを痛感するのだという。

◆一人一人が考えて行動を起こす、それが有機的生活の第一歩となる
有機農業を推進する人々が、繰り返し語る言葉がある。それは「有機農業は、そこでつくられた農産物の安心安全だけを考えているのではない。その畑全体の生命やそこにひかれる水や大気など地域全体の環境、さらにはそうしてつくられた農産物による地域の活性化にも繋がる」ということだ。

それは、野菜でも服でも家具でも同じ。原料が作られ(育てられ)、製品となり、運ばれて店頭に並び、私たちが購入するまでの過程で、どれだけエネルギーが使われているかに思いを巡らせる習慣をつけること。欧米では、日用品のエコ度を調査・掲載した雑誌等があり、消費者はそれを参考にして購入する品を決めるという。日本でも「フードマイレージ」という言葉がメディアを賑わせた時期があり、記憶に残っている読者も多いのではないだろうか。

日本の学校教育の中で子供たちが有機農業についてのプログラムを学ぶ日は、残念ながらまだ先のことになるだろう。私たちが今日から出来ることは、まずは環境に負荷の少ない食品を選んで買うという意識を持つこと。それには、消費者自身も能動的にどうやって作られたのかを調べることが必要になってくる。様々な情報に触れ、意識の高まりと共に行動に変化が表れるに違いない。次にそこで分かったことを子供たちや自分の周囲の人々にも伝える。それだけで、100年後の地球の姿は大きく変わるのではないだろうか。

一方で村山氏は、生産者に視点を転じてみると、近年の新規就農者の増加を「明るい兆し」として歓迎する。取材中、現代日本人の食生活の意識の弱さを再三強調していたのが印象的だ。近年は食育にも国が力を入れ出したが、学校教育など社会全体で消費者の意識を高めること、生産者サイドには新規参入者が継続的に取り組むことを一体的に進めていくこと、それも明るい未来の一助になるに違いない。

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