2014.09.29
【第2回】挑戦者たちの“伴走者”
◆新規就農者の悩みは「孤独」
日本農業の大きな懸案の一つが後継者不足だ。2013年の農業就業人口は1990年当時と比べて半減、日本人口を象徴するかのように農業分野でもますます高齢化が進んでおり、次世代を担う若者たちをどのように農業に定着させるかが、大きな課題となっている。そんな中、新規就農者は未来を担う貴重な存在だ。
彼らのうち就農5年以内に離農した者の割合は、非農家出身者が12%と農家出身の倍に上る(農水省の調査)。全国農業会議所が5年前、新規就農者の実態を調査したところ、生活面の問題・課題として、「休みが取れない」「労働がきつい」と仕事の中身を指摘したのに次いで、集落での人間関係の悩みが挙がった。つまり「非農家出身」の「よそ者」が農業を続けていくには「孤独」をどう克服するかが試金石といえる。また同じ調査では、生計が成り立っていると答えた農家が3割にとどまり、農業以外の収入や貯金で食いつないでいる実態も浮き彫りになっており、安定的な売り先として、また精神的な支えとしてのパートナーの存在は大きい。
◆物心両面で支えるパートナー
当サイト「挑戦者たち」でおなじみの宮本雅之さん、油井敬史さんも新規就農してまだ数年だ。しかし、それぞれ就農時から公私に渡って親しいパートナーがいる。就農先が生まれ故郷ではないだけに、彼らの存在は大きい。しかも彼らと同じく「よそ者」である近い年頃の友人が物心両面で後押ししている。宮本さんを支えるのが、千葉・鴨川の「earth tree cafe」オーナーである松田真一さん、そして油井さんを支えるのが神奈川・藤野町で「野山の深夜食堂」を営む倉林僚さんだ。
松田さんは東京のカフェに勤務した後、故郷の君津に戻り、趣味のサーフィンでよく通っていた隣の鴨川市で2012年夏に念願の独立開業をした。「豪勢な料理よりも素朴で自然の味わいを楽しんでいただきたい」「お客様からいただく潤いやエネルギーで少しずつ成長していく」――「earth tree cafe」という名称には、松田さんのそんな思いが込められており、宮本さんから毎週末、新鮮な野菜を仕入れている。
一方、倉林さんは横浜で8年ほどレストランバーを経営。調理で出会った有機野菜のおいしさに目覚めことがきっかけで「自分でも野菜を作れる生活を」と志し、藤野に移住。試行錯誤しながら自宅隣の畑でナス、トマト、トウモロコシなどを栽培していたところ、ふじのアートヴィレッジ内の飲食店施設を複数のオーナーでシェア経営する話が舞い込み、金~日曜の週末限定で開業。油井さんから野菜を仕入れ、店員として雇う等のサポートをしている。
◆形の悪い野菜も積極的に料理
2組とも、単に農家と飲食店という取引先の関係ではない。松田さんは宮本さんから、倉林さんは油井さんからそれぞれ仕入れる際、通常は市場で買い手が付かないような形の悪い野菜でも積極的に買っているのだ。それは単に友情からというだけではない。松田さんは、崩れたニンジンを揚げ物にしてエビフライのような食感に仕上げる。一方、倉林さんは、形の悪いキャベツはドイツ風の漬物ザワークラウトに、同じくトマトはケチャップに加工する。それぞれ料理人として創意工夫している。
松田さんは「アクの強いごぼうの時は頑張ったかな」と苦笑するが、「同じナスでも時期によって固さは変わります。いいものは単純に作ればいいし、固くなれば油で調理する。扱いにくい素材がおいしくなったときが一番うれしい」と胸を張る。倉林さんにいたっては「形が悪いまま出してもいい」と割り切っている。「スーパーの店頭にある形の揃ったものは人間が手間暇をかけたもの。自然のものだからこれが普通だということをお客さんにも知ってほしい」と思いを語る。腕を振るう二人には、自然の恵みを出来るだけありのままに、という思いが共通している。
農家にとってみれば、廃棄ロスが減る。宮本さんが「野菜への愛情が深く、辛抱強い」と松田さんをたたえれば、油井さんも「本当にありがたい」と倉林さんに感謝する。また、飲食店という場所を通じて、お客さんの反応を知る貴重な機会が得られる。「生産者はどうしても分からないので、松田さんからお客さんのおいしかったという感想を聞かされると嬉しいですね」と宮本さん。一方、自ら店頭に立つ油井さんは「直接お客さんから『おいしい』と言ってもらえるので励みになります」と笑みを浮かべる。
もちろん、店側にとっても「作り手の顔の見える」仕入れ先があることは野菜の質や仕入れの量など計算が立つ等のメリットがある。日本では戦後、作り手と買い手の間に農家が一元集約的に取引をしていた影響で、たとえば店側が独自に仕入れ先を確保しようとしても、情報不足により「自分の欲しい野菜を作っているところはどこか」と探すのは一苦労だ。その点、同世代で、信頼のおける仲間が農家にいることは店を経営する松田さん、倉林さんにとっても心強い。
◆買い取った有機野菜が逸品料理に
ここで松田さん、倉林さん自慢の逸品をご紹介。
まずは松田さんの「earth tree cafe」で日替わりで出す雑穀プレート。
取材で訪れた日は、宮本さんのニンジンが献立に使われ、優しい甘さと歯ごたえが楽しめる一品として提供された。
そして、こちらは倉林さんが油井さんの畑で穫れた野菜で作った逸品で、その名も「ゆい農園野菜とソーセージの炒め物」。大地の恵みをいっぱいにたくわえた味の濃さが自慢という旬の野菜をふんだんに使い、自家製ソーセージとのコンビネーションという倉林さんのこだわりも感じる、人気の一皿だ。
◆「自然体」が共感を生む
松田さんが初めて宮本さんと出会ったのは、まだ東京のカフェで仕事をしていた頃。同店が、宮本さんの研修先である林農園(千葉県佐倉市)を仕入れ先にしており、その収穫祭で出会った。その時こそ連絡先を交わさなかったが、約1年後、松田さんが千葉に移住し、知人の農家のバーベキューに参加したとき、そこに宮本さんが偶然来ていたことで意気投合。松田さんは将来的に家庭菜園を開くための勉強も兼ねて、宮本さんの畑作業も時々手伝うなど交流が本格的に始まった。
「畑で話している時の宮本さんは本当に素のままなんですよ。愚痴もうれしいことも素直に話してくれる。外面を取り繕う人が多い中で宮本さんは一切作ったりしない。本当に信頼できるんですよね」と松田さん。一方、知らない土地で就農まもなかった宮本さんにとっても「実績がない段階から信頼してくれた」松田さんの存在は心強かった。
倉林さんは、藤野の音楽イベントのスタッフ同士として油井さんと出会った。藤野は伝統的に芸術家らの移住を受け入れ、都会から田舎暮らしの魅力を求めてくる人が多い。この年は東日本大震災と原発事故が発生したことで、倉林さんたち移住者のコミュニティーの絆が特別に深まったという。「人生で友達が一番多く、100人は一気に増えた年だった」。その一人が就農直後の油井さんだった。
「大人になってから仲良くなった人はどこか遠慮するところがあるんですが、ここでは垣根がない」という倉林さん。とりわけ油井さんとは「自分たちの暮らしを自分たちでつくっていく、という考え方が共鳴している。一緒に畑をやっていてもお酒を飲んでいても楽しい」と話すように、本当に波長が合うようだ。油井さんも「有機だからこうだ、という型にはまらない、自然なところが合うのではと思います」と語る。
松田さんはサーフボードに乗る時の心境を、宮本さんたち有機農家の思いに重ねあわせている。「サーフィンは波に合わせているように、有機農家の人たちも自然のリズムに合わせているんじゃないでしょうか」。
一方、倉林さんは将来の夢をこう語る。「油井君と将来は山を買って、丸ごと生態系をよくして野菜を作って自然を再生させていければいいな」。挑戦者たちと伴走する2人はともに、自然を愛し、その笑顔もまたナチュラルだった。
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