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2014.09.04

【第1回】農業イノベーターも注目する有機農業の可能性

◆流通から農業界に新風を吹かす注目の起業家

高齢化や耕作放棄など課題だらけの日本の農業。その現場にITとビジネスの知見を駆使して新風を吹かせる女性起業家がいる。静岡・菊川市を拠点に活動する加藤百合子さん( 『株式会社エムスクエア・ラボ』代表取締役)だ。

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同社では、売り手である農家と買い手である小売・飲食店などを結びつける仕組みを開発。さらに、生育状況を把握するシステムも活用している。

農業の流通は農協が主体的に手掛けた時代が続いた影響で、直接取引をするにも、農家にとっては「この果物を誰が買うのか?」、買い手は「誰が作っているのか?」といった情報不足が悩みだ。
そこで加藤さんたちがそれぞれの相談に乗ってコーディネーションし、取引を円滑にする。「ベジプロバイダー」と名付けたこの仕組みは、日本政策投資銀行が2012年、女性起業家を対象に開催した「第1回女性新ビジネスプランコンペティション」で高く評価され、加藤さんは初代グランプリに輝いた。農業の生き残り策へ新しいアイデアも次々に披露し、日経電子版での連載など発信力もあって注目されている。「農業は『環境』や『観光』といった違う要素を掛け合わせることで新しい可能性を生みます」と目を輝かせる。


子どもの頃から環境問題に関心があり、東大農学部で学んだが身内は農家ではない。留学先のイギリスで博士号を取得。アメリカではNASAによる宇宙ステーションの植物生産機器の開発プロジェクトに携わり、帰国後は大手メーカーや夫の親族の会社で産業機械の研究開発を担当してきたが、30代前半、産休や子育ての時間が農業の世界に目を向ける転機となった。

「私がいた工業の世界は大量生産を必要としますが、消費を助長しないと成立しません。それは環境に悪い影響を与えているのではないか。農業が衰退すれば食糧危機の問題になる。母親として次の50年、100年を考えるようになりました」。

子どもたちへの思いが地球や環境への関心を再び高めた加藤さん。農業での起業を志して静岡大学での講座で学ぶなど準備を進め、2009年秋、現在の会社を立ち上げた。




◆「自己完結」「循環」という理想に近い有機農業

全国一の茶生産で知られる静岡県の農業は、いま世界的にも評価が高まっている。2013年には、FAO(国際連合食糧農業機関)から茶草場農法を「世界農業遺産」に認定。加藤さんの拠点、菊川市も対象地域に入り、戦国時代から400年の歴史を持つ棚田の美しい景観も注目されている。

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その加藤さんはいま有機農業の可能性に注目している。

多くの農家が水不足にあえいだ昨夏、訪れた先の有機農家で元気に育ったパプリカが目に留まった。その農家では、通常は乾燥を防ぐのに、マルチというビニール製の資材を使って野菜を覆う代わりに稲わらを敷き詰めていた。「藁はいいんだよね」。飄々と語る農家のおじいさん。稲わらは調湿作用があり、昔ながらの農法で使われる。稲作と野菜作りを両方手掛けており、秋に獲った稲わらを活用するという「循環型」の取り組みが印象に残った。

そうした有機農業のあり方は加藤さんの理想に近い。「地域ごとにエネルギーを循環させながら、それぞれが自己完結するのが地域の基幹産業でもある農業の理想。あまり手を加え過ぎず、手を引き過ぎず、その場にあるもので作るのが理想ですね」。

実は静岡県は有機に意欲的な農家が多い。日本農林規格(有機JAS規格)で認定された有機農家の数だけでも、農林水産省による都道府県別の統計(2010年3月)では169人。これは北海道、鹿児島、熊本に次いで、全国4番目にあたる。

加藤さんは現在県内を中心に100近い取引先を持つが、このうち2割程度が無農薬の有機農家。有機肥料だけを使っている農家を含めると、かなりの割合になる。



◆有機農家の意識の高さを感じる

「特に富士宮では有機農業が盛んです。にんじん、かぶ、だいこん、じゃがいも等の根菜が作られているんですが、富士山のふもとは土壌が良く、高度があるため虫も少ないので、農業をやるのに恵まれています」。現地では、農業界全体で高齢化が進むなかにあって、30~40代の作り手が主体的に活動し、技術継承にも積極的で「のれん分け」も進んでいるという。

味はおいしいが見た目が悪い――。有機農家にとって、そうした作物の買い手が見つからず、販路の開拓が付きまとう悩みだ。しかし彼らについては「作り手の思いに共感した消費者の方々がリピーターになって支えてきた。ほかの農家よりも早くから取り組んできただけに(売ることへの)意識は高い」と評価する。加藤さんの会社でも販路開拓を側面支援。独自の有機農法をしている農家で、飲食店や直売所が要求する量と質を満たせるところが少ないので苦労もあるが、富士宮の場合は仲間内のネットワークが手厚く安定的に取引に応えられている。

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◆課題が多いからこそ支援もできる

一方で、ビジネス視点でみると、有機の業界的な課題も見出している。
「いいものを作っていても我流という農家が多い。土壌にある微生物の動き一つとっても、もっと科学的に解明するなり、できることはまだまだあると思います」。各地の有機登録機関が認定する有機JAS規格があるが、実情としては独自路線を取りながらも支持されている有機農家も少なくない。

「何を持ってオーガニックなのか?新しい基準を考えていくなりして、消費者の信頼にこたえるよう、グレーゾーンを減らしていかねばなりません」

しかし課題が多いからこそ、今後、有機農家を支援できることがあるとみている。
その一つが円滑に進んでいない堆肥の流通。緑肥やもみ殻はまだ出回っているほうだが、例えば完全な無農薬を実現する際、無農薬の牧草を食べた牛の堆肥が必要となるが、入手は難しい。「地域の中で堆肥を循環させる仕組み作りは一緒にやれるのではないかと思います」と展望を語り、さらに有機農家を支える輪をもっと多くの人の間に広げるべきとも訴える。



◆子育てを機に地球、農業に思いをはせる

地球や大地に熱い思いを寄せる有機農家は多いが、加藤さんも農業を志した原点は「地球環境」だった。「中学生になった頃に目が向くようになりました。まだ子どもだったので『酸性雨が降ってきたらどうしよう』『熱帯雨林が無くなってしまう』と単純に怖かったんですね。(ゴミを減らすため)当時はスーパーのチラシも裏が白紙でしたので、無駄にしないようメモに使った思い出があります(笑)。

自分なりに問題意識をもって本を読み、食糧危機や環境危機に関心を持ったり、ドラえもんで描かれる植物工場が無ければ食べ物がなくなるのではと思ったりしていました」。

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現在は中学1年と小学1年の2人の女の子を育てながら、会社を切り盛りする加藤さん。
「農業の世界は、土づくり一つにしてもすごいノウハウがあるのですが、おじいちゃんの農家に秘訣を尋ねても、『(アイデアが)降りてくるんじゃよ』と言われて(笑)暗黙知になってしまっています。これがすごくもったいないと思います」。

農業にビジネス視点から新風を吹かせつつ、次代に『農業』を伝える取り組みにも意欲を見せている。

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