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2015.11.30

「それでも有機農業という生き方を選ぶ」ステップアップ支援参加の有機農家の今

11月21日(土)より3日間にわたり東京青山のライトボックススタジオ青山にて行われたイベント「それでも有機農業という生き方を選ぶ」。本イベントと連携し、SHARE THE LOVE for JAPANのステップアップ支援活動に参加している有機農家のみなさんの語る「それでも有機農業という生き方を選んだ」理由をお届けします。

図1

 
 
  1、芦川雄一郎さん(岡山県岡山市) 
  2、大渡清民さん(京都府京都市)
  3、小田島正博さん(島根県邑智郡)
  4、橘内孝太さん(長野県伊那市)
  5、雲英顕一さん(岐阜県飛騨市)
  6、小島冬樹さん(三重県多気郡)
  7、坂本勝さん(長崎県五島市) 
  8、阪本瑞恵さん(長野県松本市) 
  9、宍戸望さん(長野県小県郡)
  10、高松賢さん(岡山県岡山市)
  11、丹野喜三郎さん(長野県上田市)
  12、丹野良地さん(長野県上田市)
  13、宮本雅之さん(千葉県君津市) 
  14、村田光貴さん(大分県国東市)
  15、吉田優生さん(長野県上田市) 
 
  
 
芦川雄一郎さん(岡山県岡山市)
 食べるものを作る。それが生きる基本だなという思うは、消えたことがありません。自給自足のような農家をやっていると分かるんですよね。生きるっていうことがどういうことなのかってことが。体感として感じられるんです。
 身ひとつでできるから、よそで作られた資材とかに頼らなくて済みます。ゴミも出さずに済むし、循環の中で営める生き方だと思うんです。そんなに大きな環境に対する変化を与えることありませんし、壊すこともない。
 自分がいれば出来ること、ちょっとした農具があれば出来ることであるから、自分が生きている間は、それでやり続けることが出来る。農業がこうした形(有機農業)である方が、一番多くの人が幸せに生きられる道だと思っています。少なくとも、僕は、日々、自分が良いと思ってることのためにやってると思い切っています。この生き方だから満足できるんです。

ahikawa

 
 
大渡清民さん(京都府京都市)
 巷で売られている野菜っていうのは、化学肥料、後、農薬を使って育てた野菜ですよね。有機農業は一切それを使わない。それは食物にも良いし、土に影響します。それが一番の問題で。
 これを続けないと、土がどんどんどんどん死んでいくわけですよね。微生物がどんどんどんどん死んでいって、将来的に100年先、200年先、土はどうなっちゃうのかなと。
 これはやっぱり、人間が守っていかなければならない問題だと思いますよ。
 実際に化学肥料使って、農薬撒いてやってたらすごい簡単なことだと思うんですけど、そういう問題ではないですよね。
 いかに簡単に野菜を作るかっていう問題ではなくて、いかにこの土を守っていかなければいけないんじゃないかっていう問題だと思うんですね。

owatari

 
 
小田島正博さん(島根県邑智郡)
 農業を始めるきっかけは、スキューバダイビングでした。
 海の中のゴミを見て、環境について考え始めたんです。自然環境を守るっていう側面と、食の安全は繋がっていると思ったんです。
 例えば、農薬を使うと、それは、川に流れ、海に流れていく。そして、川の生き物、海の生き物に影響を与え、やがて陸上の生き物、人間にも影響を与えていく。これを解決するために、自分は農業という形で関わっていこうと思っています。
 その上で、今、私は自然栽培でお米を作っています。発芽玄米とかを食べてくれる人が増えれば、体の免疫力も高まりますし、元気で健康に暮らせる人が増えるんじゃないかとも思っています。
 嬉しいことに、県内で有機農業の仕事をしてる人がSNSで『移住者で、こういう良いお米を作ってる人がいるから、応援してあげてください』って投稿してくれて、それを見た人から一気に注文が入りだしました。
 そうやって買ってくださる方や、応援していただいている方のためにも、自分自身が納得のいく米を作ろうと思っています。芸術作品とまでは言いませんが、食べてもらえれば、自分の思いは伝えられると思っています。

odajima

 
 
橘内孝太さん(長野県伊那市)
 植物でもなんでも単体で生きてるわけじゃなくて、人間も目に見えてないけど、たくさんの大きなサイクルがあって、その中でお互いに生きてるわけですよね。
 だからそういう環境を、とは言っても、やっぱり有機農業でも壊しちゃうんですけどね。人間が手を加えるから。
 ただ、それでも、やっぱりそれを最小限で、何とか人間も折り合いがついてやっていける関係性を作れるとすれば、最低限、有機なんじゃないかなという風には思ってるんです。
 僕自身、有機農家を営む家族のもとで育ってきました。そうすると、生き方とかっていうかよりも、有機農業自体が、とりあえず生活するリズムでしかないんです。当たり前なんですよね。
 ただ当たり前の、自分の生きたい生き方をしてるだけなんです。その方が自分としては自然だし。だから、結果的に仕事として野菜を育てるとかっていう風になった時に、大変であっても、もうそれしか選択肢がないというか。いい悪いでもなくて。それだけなんですよね。
 それに、農業という時間がかかるような職業をしていると、自分のことよりも、もう次の世代のことを考えてしまいます。次の世代の人に繋げるために、自分で出来ることをやろうと思っています。

kitsunai

 
 
雲英顕一さん(岐阜県飛騨市)
 千葉(での農家時代)からずっと野菜を取って下さる方がいて、その人のお嬢さんが、この春から千葉じゃなくて静岡の大学に行くようになって、そっちの方で野菜とか食べてたらしいんですけど、やっぱりウチのがいいって言ってくれたそうなんです。
 だから、今は、お母さんの所と、その子の所と二軒宅配が送れるようになったんですよ。これが、なんか一番嬉しいんです。
 自分の栽培させてもらったものを食べて、育って、やっぱりそれ(自分の野菜)に帰ってきてくれたっていうか。もし、そのお嬢さんが結婚してお子さんができた時に、また、そのお子さんとも、こうして、自分の野菜で繋がっていくことが出来たら本当に嬉しい。
 だから、自分の都合で農薬とか化学肥料で、人の命とかを作るっていうすごいありがたい仕事をさせていただいているんで、絶対使えんなっていう風に思いますね。

kira

 
 
小島冬樹さん(三重県多気郡)
 今の私の原点は、農業を始める前に、アフリカで青年海外協力隊として過ごした日々にあります。
 そこで、3年間過ごしたのですが、自然環境の厳しい中での生活で、生きるっていうことをすごく感じていました。生きていく上で何が一番大事なのかということもよく考えていました。
 当たり前のことなんですけど、人間は、食べなきゃ生きていけない。
 食べるためには、漁業とか、狩猟とか、穫るっていう方法もありますが、やっぱり作物というものを作って、食べていかなきゃ生きていけないのであって。いくら工業製品作っても食べれるわけじゃないし、ガソリンを飲んで生きていけるわけじゃない。じゃあ、作物を作ってこれから生きていこうかなと感じたのが、そもそもの原点なんです。
 今は、畑仕事したり、家族やお客さんと自分で作った作物のご飯を「美味しいね」って食べてる時に幸せを感じます。
 誰もが、つい一昔前までやっていたような生活を、今、逆に私たちがすることで、「こういう暮らしもあるんだよ」ということに、もう一度関心を持ってもらいたいし、そういう場を作り、みんなに活用してもらえたらいいなと思っています。

kojima

 
 
坂本勝さん(長崎県五島市) 
 自分にはこの道(農業)しかない。
 農業は、生活を作り出せる。そこに大きな魅力がある。
 自分が生産したものを買っていただいて、美味しく食べていただければ、より大きな喜びに繋がっていく。そんな農業をしたくて、東日本大震災後、永年暮らしてきた群馬を離れて、五島に移住したんです。
 どこに移住しようが、一か八かっていうところあると思うんですよね。全てが100%分かって、そこに住むっていうことは出来ないわけですから、後はもう、「あ、いいな」っていうその感覚を信じるしかない。
 群馬には仲間もいっぱいいました。それを全て捨てて、この五島に来たわけですから、何か形にしていきたいっていう思いはかなり強くありますね。形にしなければ、群馬の仲間たちに顔向けできないですから。生半可な気持ちじゃないんです。
 今は、空き家を改築して、そこで自分の野菜を販売したり、妻が作ったパンやコーヒーを提供できるようなカフェを始めようと奮闘しています。音楽のライブもやろうと思っています。オーガニックとミュージックを発信できるお店にしたいんです。

sakamotomasaru

 
 
阪本瑞恵さん(長野県松本市)
 畑には、私の生きる喜びがあるんです。
 農作業して、自然の穫れたものを食べて、クタクタになってドロドロになってお風呂に入って、布団に入って「今日もよく働いたな」と思って寝る。
 自然と共にある暮らしがしたいと思って始めた農業なので、有機農業をすることには、始めた時から何も迷いはありませんでした。
 すごく思ったのは、原発事故の後、一年間、畑から離れていたんですね。移転をしたり、松本に引っ越してきて畑を探したりしてたんで。そしたら、もう、生きる喜びがないと思って。1年ぶりに畑に立った時は、「ああ、私は一生これをやることが喜びなんだな」というのを実感しました。
 今は、地域のお母さんたちも関わって下さって、子育ての話とか食の話とかをしながら農作業をしています。
 もし、自分のためだけに家庭菜園として作るとなると、こんなにちゃんとやらないんじゃないかなと思います。やっぱり、誰かに食べてもらうとか、喜んでもらえるっていうことが、喜びというか楽しみというか。
 そんな、喜びと楽しみを分かち合うことが出来る場も生まれて、全てが上手く回っていて、幸せな暮らしをさせていただいています。

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宍戸望さん(長野県小県郡)
 有機農業を30年やってます。
 農業を始めようと思った当初、あるNGOで農業研修を一度したんですけど、そこは慣行農業の農業研修だったんです。そこで農薬散布をさせられたんですよね。それで、マスクも着けずに、そのまま全身に浴びてしまったら数時間後に急性農薬中毒になって、2,3日私寝込んだんですよ。
 それ以来、農薬の匂い嗅ぐと気持ち悪くなる。拒否反応が起きるようになった。そういった実体験もあって、農薬を使わない農業。無農薬の有機農法。そういった道に進んできました。
 今は、農法とか資材にこだわらなくても、身の周りにあるものを使えば、どこでも、どこに行っても自分の有機農業は出来るんだなっていう感じでは思ってます。それで安心・安全な美味しい野菜が作れればそれが一番だし、どこの場所でも野菜が作れるっていう自信があるんです。

shishido

 
 
高松賢さん(岡山県岡山市)
 生き方というと、ちょっと大袈裟かもしれないんですけど、自分の中で、自然か不自然かを問うているんです。だから、農薬や化学肥料を使うこと、機械を使うことも不自然に感じるので、自分はやりません。
 ただ、栃木から岡山に移住して5年になるのですが、土が全く違うんです。乾くとガチガチになるし、湿るとベチャベチャで覆土とかも出来ない。土地が変わると、%

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丹野喜三郎さん(長野県上田市)
 農業はそんなに甘くない。
 有機で作ったから売れるなんて考えで始めたんではダメだ。
 実際にやってみれば分かる。土地条件もあるし、地域性もあるし、人間性もある。食べ物は、生命を維持するための基本ですから、どういう考えで野菜を作って提供していくのか、心構えが大事なんです。
 まず、食べる人のこと考えて、食べる人と育てる人の本当の信頼関係を築くこと。信頼関係がないと野菜は届かない。だから、新しい土地に来たら、そこの風土を学んで、地域の人とコミュニケーションを取って繋がる。作るだけではダメなんですよ。
 私は、出来たものを持って行ってあげるんですよ。種屋さんもなにもみんな、「おたくの種でやったものがこれで。出来ましたから」って持って行って食べてもらう。そうすると、出来たものの価値も分かるしね。この人はどうしてこんなことをやって作ってるのかなということも理解してもらえる。そういうことは欠かさずやっています。
 こういう農業のやり方を誇りだなんて思ったことは一度もない。だって、当たり前のことをやってるだけですから。

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丹野良地さん(長野県上田市)
 地域の人たちが、学校を盛り上げようっていうことで、コミュニティ・スクールというのを5、6年続けてるんですけど、そこに参加しています。それで、小学生に慣行栽培のニンジンとウチのニンジンと「食べ比べてどうですか?」って一本づつあげた時があるんですけど、「味が濃くて違う」と、感想をもらいました。有機農業の良い所は、穫ったものをすぐに食べられること。味が凝縮されてる感じがします。
 農業は自然のサイクルで出来ていると思うので、殺虫剤を使ってある虫を殺せば別の虫が大発生して自然のサイクルを狂わせてしまう。
 自分が自信持って作って、これならお客さん食べてくれるかなっていうくらいの作物を作っていこうと思って、頑張って手入れしています。

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宮本雅之さん(千葉県君津市)
 有機農業に惹かれたきっかけは、味でした。無農薬っていう概念ありきではなかったんです。農業の道に進もうと考えていた時に、慣行農家さんも含めて、色んな農家さんを訪ねたんですが、結果的に、有機農業をされている人の方が、美味しい野菜を出してくれる割合が圧倒的に高かったんです。だから、私にとっての有機農業とは、美味しいものを作れる農業。その一言です。
 もちろん、苦労はあります。一番は、虫と草です。特に草。除草剤を使わないので、畑で草取りなどの作業に費やす時間が、ちょっと長いとかのレベルの話ではなく、爆発的に増えることになってしまいます。しかも、だからといって、その増えた時間分を価格に反映させてしまうと、お客さんにとっては好ましくない値段になってしまう。そういうリアルな数字の中でのせめぎ合いも、苦労するところです。
 それでも、単純に、美味しいものを食べたいという、有機農業を始めた頃からの思いが、ずっとモチベーションになっています。美味しいものを食べるって、万国共通の幸せに直結することですよね。もちろん、食の安心安全っていう一環として、昔ながらのあんまり遺伝子レベルで操作していないものを作って子供に食べさせたいっていう素直な親としての気持ちもあります。でも、やっぱり一番は、美味しい野菜。懐かしくて、美味しい味がするものっていうのを絶やさないようにしたい。そんな野菜を自分も食べたいし、子供にも食べさせてやりたい。それが、私自身が有機農業を続けている、一番の大きな理由です。

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村田光貴さん(大分県国東市)
 一択なんです。有機農業しかないというか、他の農業は農業じゃないと思っているので、それをやらないんだったら、農業はやめた方がいいと思ってます。
 効率良くお金を稼ぐためには、効率良くこの面積からたくさん量を穫ろうっていう考え方をする人もいます。そういう考え方だと、じゃあ、効率良く草を取るためには、薬を使おう。効率良くいっぱい穫るためには化学肥料を入れようとなっていく。でも、これって、反対に考えると効率的ではないんです。
 僕は、震災前は陸前高田で果樹農家をしていました。大分に移住してからは、米を作っています。
 お米ってイネ科の植物なんですけど、イネ科の植物ってすごく強いんですよ。そうして見てみると、世界で主食になってる物ってみんなイネ科なんです。トウモロコシもイネ科、小麦もイネ科、大麦もイネ科。ほとんどイネ科の植物が主食になってるわけなんですよ。
 すごいのは、イネ科の植物は、農薬を使おうが、使うまいが勝手に育ってくれる。そうして、土を肥やしてくれる。そういう部分にすごく魅力を感じました。
 でも、今、日本で自然栽培でお米を作ってる面積、0.04%以下ですよ。となると、あとはもう、(自然栽培の割合が)増えるだけなんじゃないかっていうので、お米を始めました。

murata

 
 
吉田優生さん(長野県上田市)
 若い頃からずっと仕事としての農業をやりたいって気持ちがあったんで、「いつかやりたい」みたいな気持ちはあったんです。
 それが、東日本大震災の後、何が確かなものなんだろうという思いが強くなって、自分で食べるものを作りたくなって始めることにしたんです。
 元々、有機農業やりたいって思ったのも、私が子供の頃は、公害が酷い時代だったっていうことにも関係しています。地球とか土地とかは子孫からの借り物だって言いますけど、現代は、それを収奪しているように思うんです。だから、せめて農薬とかで汚したくはない。
 もちろん、お客さんに食べてもらって、喜んでもらえるのは一番なんですけど、外で農作業するのって気持ちいいんです。農業がすごく好きなので。自分の時間を使うんだったら、好きなことして使いたい。お金稼ぐためだけで自分の時間切り売りしたくないみたいな気持ちもあるので、こうして、思う存分、農業が出来るのは幸せなことですよね。

yoshida

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