
Vol.5
Vol.5
初期の段階の土作り / 固まった土をほぐす
次の段階 / どんな土にしたいか
腐植と青草を鋤き込む理由 / 土の中のバランス
苗を育てる床土と水 / 自分らしさを畑で表現する
1968年宮崎県で代々続く農家の家に生まれる。大学卒業後、製薬会社で6年間働き、29歳で両親の跡を継いで就農。環境保全型の農業を模索し、多様な農法を実践・研究し自然を見続けていく中で、農薬や肥料を使用せず種と苗以外は畑の外から持ち込まない自然栽培に辿り着く。15町規模の圃場で、土作りをしながら大根やらっきょうなどの野菜を栽培し加工品製造も行う。自然栽培を始めて20年以上が経過し、次世代の育成も担う。
2020年12月、宮崎にある川越の圃場で勉強会が行われた。「自らの農に自然栽培のエッセンスを取り入れたい」と考えてやってきた参加者たちに川越はこう言っていた。「よく農家さんが土作りっていう言葉を使うでしょ。でも、私からしたら、土作りではなく土戻しなんです。それは、古代から植物が作ってきた土、土本来の姿に戻してあげるということなんです」あの勉強会から一年半を経て、今回は、前回の勉強会に参加した3名の圃場を川越が訪問することになった。果たして、「土作りとは、土戻し」を実践してきた圃場を見て川越は何を伝えてくれるのだろうか。
最初に訪れたのは、奈良の東樋口正邦の圃場。元は田んぼだった土地を畑へ変えて8年目の圃場だ。圃場に立ち、土を眺めた川越が「これ、相当青いもの入れたでしょう」と問うと、「確かに、ここ一年くらいは手が回っていなくて、草が生えたままの状態でロータリーかけることもありました」と東樋口が答える。それを聞くと、川越は土に触れ、参加者たちに話しかける。
「触ってみてください。土が固いでしょ。指も入らない。これだと根も張れない。青草だけを入れ続けるとリグニンがどんどん入っていくので、土はこんな風に固まる。だから、枯れたものを鋤き込んでいくということを前回伝えたんです」
今回初めて参加する者も多数いるので、改めて前回の勉強会で伝えたことをもう一度川越が話し始める。
「まず、初期の段階でやるのは、エンバクを植えること。全面蒔きの、一反あたり15キロをバラマキ。それで上をロータリーで浅く掻いてください。軽く回しながら浅くしたら(種が)隠れるでしょう。隠れる程度でいいです。それをやっていって、もうそのまんま放置したら芽が出てきますから、それをまず育ててもらうね。秋に蒔くので翌年までいっちゃいますね。バラマキで結構密集型なので、草関係もある程度抑えきります。これがスタートライン。
こうして、まずは固まった土をほぐしてあげる。そんなイメージです。育ちきったら、コンバインとかで刈り取りますね。それをそのまま10日から2週間くらい放置して枯らしてからロータリーで鋤き込んでいく。それによって、微生物が餌として媒介する菌が増えてきます。もし、まだ土の中に鋤き込んだものが分解されてなければ酸素不足です。なので、その後も1ヶ月に1回ほど耕運していく。そうしていくと、土が変わります。それがきっかけになって、土の団粒化も生まれる。
一回エンバクを育てて鋤き込んだだけではやりきれないけど、また来年って思っていくと、その圃場の土自身のイメージが過去のものではなくなる。できれば3年。それを繰り返し続けて欲しいな。その繰り返しで土をほぐして団粒化を少しずつ増やして、生きた土に戻していく。それがもともとの仕事です」
この川越の話を聞いて引っかかる部分があった。エンバクを育てて枯らして鋤きこむことが土作りではなかったか。しかし、今、川越は、それをもともとの仕事と言った。ということは、川越にとっての土作りとは、その次の段階があるのだろうか。その答えが語られたのは、東樋口と同じく元は田んぼだった場所を畑として使っている京都の安井千恵の圃場を訪れた時のことだった。
「前回の勉強会の後から緑肥としてエンバクを植えてました。鹿に食べられて、今年もう一回蒔き直してカラカラになった状態までいって。種採りして、ハンマーナイフモアで砕いて、ほんでトラクターで鋤き込みました。土が良くなっていく途中という感じがしているんですが、どうでしょうか」
緊張した面持ちでいる安井に川越は言った。
「エンバクよくやったね。土を触ったけど、ある程度ほぐれてきてるよね。じゃあ、次どうしようかって話になるんだと思うんだけど、これからはエンバクじゃなくて、麦を植えてほしい。なんでかというと、エンバクの根はとても柔らかい。だから固まった土をほぐすには向いている。でも、それだけだと土が細かくなりすぎてしまう。だから、ある程度まで土ができてきたら、根の硬い小麦や大麦に変えて、土に粗い団粒を作っていくんです」
安井だけでなく、参加者一同戸惑ったような表情になった。その表情からは、やはり「エンバクを育てることがイコール川越流の土作りではなかったのか」と言っているように見える。
しかし、同時にこの言葉を聞いて、2020年に訪れた川越の畑の光景を思い出した。腐食還元が終わったふかふかの土の圃場で、川越は「このままでは葉物野菜は育たないから土を踏み固めている」と言っていた。そして、「土が柔らかすぎると根っこが活着しない」とも言っていた。それを見極めるために、土の固さにグラデーションを持たせて同じ作物を栽培し、生育の違いも見せてくれた。そして気がついた。この一年半という時間は、講師である川越にとっても実験と検証の時間でもあったのだ。
「エンバクから麦、私の場合は小麦ですが、麦に変えていった圃場の方が生育が良くなったんですよね。だから、千恵ちゃん、細かい団粒を作るんじゃなくて3~4ミリくらいの塊の集団を作るようなイメージをしていこう」
そういうと、畑の隅に置かれていたトラクターに近寄り、「かなりトラクターの刃の爪が擦れているよね。これは深く耕しすぎだし、速度も早めにやってるでしょう」と問いかける。頷く安井に、「確かにエンバクを植えてる時は深めに速度上げてもまだいいんだけど、これから麦へ移行してからの鋤き込みは絶対に深く耕さないこと。深さは出来たら10cm。最大でも15cmまで。なんでかといえば、ロータリーをかけるという行為は、土の自然の状態を破壊する行為だから。好気性、中気性、嫌気性の3層の微生物の世界を破壊してしまうような深い耕作はしない方がいい。だからトラクターのスピードもロータリーの速度もできる限りゆっくりとね」
そして、さらに参加者を戸惑わせる言葉を川越は放つ。
「麦をやって、団粒化が出来てきたら、しばらく畝のままにしておいてください。そうすると一ヶ月、二ヶ月すると草が生えてくるね。その青草も鋤き込むんです」
前回の勉強会では「枯らしたものだけを鋤き込むように」と川越は言っていた。
「青草を鋤き込むと聞いて、前回と話が違うと思った人もいるかもしれない。でも、そうではない。まず、しっかりエンバクで土をほぐす。それが出来たら次のステップという話で。じゃあ、なんで青草を鋤き込むかというと理由は二つ。
まずひとつ目は、菌とバクテリアの関係です。枯らしたものを土に入れると、それは菌の食べ物になる。青いものを入れるとバクテリアが食べる。こうして菌とバクテリアを同時に増やすことで、土中の多様性が生まれてバランスの取れた土になる。
ふたつ目は、枯れた腐食だけを鋤き込み続けるよりも、青草を入れることで水分が入るので分解のスピードも上がるからです」
すかさず、「腐食と青草の鋤き込む比率はどれくらいですか?」と、参加者から質問が飛ぶ。
「それは、みなさん自身の圃場で、土と向き合いながら自分で決めてください。俺自身も、幾つもの圃場で、腐食と青草の比率を変えて鋤き込んで実験してます。考えつくことは全部やってるんです」
考えつくことは全部やるーさらっと言ったこの言葉に川越が実践する自然栽培の極意が秘められていると思った。これまで見てきた二人の圃場に限らず、すべての参加者の圃場は土の質も履歴も異なる。農薬や肥料を使うことが前提であれば画一化したマニュアル的な教則本も作れるかもしれない。しかし、圃場の外から資材を持ち込まずに、土を育て、作物を育てる自然栽培においては、目には見えない土の中の世界を自分自身の体と脳で感じながら続けるしか道はないのだ。面白いエピソードを川越が話す。
「ウチの圃場には、計測したらセンチュウが慣行農法の畑の一億倍以上いるそうです。農協からは消毒した方がいいって言われたんだけど、これまでセンチュウの影響はないんです。これは、結局のところ、土の中でバランスが保たれているからってことだと思うんです」
勉強会の間、川越は何度も何度も「自分でイメージしてみる」という言葉を使った。そのイメージとは、こういう作物を育てて年商どれくらい稼ぐかというようなことではない。川越はそういう概念を「人間都合」と切り捨てる。そうではなく、圃場の土や野菜たちと、そしてそれを取り囲む自然と、自分がどう関わっていくのかという意味でのイメージだ。なぜなら、川越が自然栽培の道を選んだのは、環境保全型の農業を実践していきたいと思ったからだ。自然を破壊するのではなく、共生しながら恵みをいただく農法を常にイメージしている川越だから、仮にセンチュウが計測されても動じないのではないか。目には見えなくても、川越は土と自然とつながっているのだ。
最後に訪れた滋賀の田中真由美の圃場は、これまで慣行農法で使われてきた圃場で、これから自然栽培へ移行していくにあたって土のポテンシャルを川越に見て欲しかったという。川越はスコップで土を掘り、硬盤層の位置を確かめると、まずは土をほぐすためにエンバクを植えることを勧めた。そして、水田に囲まれた周囲を見渡すと、「ここは水がいいんじゃない?」と問いかける。未知なる自然栽培への挑戦を前に不安そうだった田中の顔がパッと明るくなった。「水は確かにいいと思います。ウチは井戸水もあります」そう聞くと川越も嬉しそうに「その生きた水がいちばんの栄養だよ」と話し、土作り以外で自然栽培におけるポイントを語り始めた。
「苗を作る時に水がすごく重要だから。私自身実験してるから。水道水と山水でどれくらい生育に差が出るかを。やっぱり水道水はカルキと塩素があるから全然育たなかった。だからウチでは全て霧島山の山麓の水だけを使ってる。
それと、苗作りにはもうひとつ、どんな土で苗床を作るかも重要。これからエンバクを育てるでしょ。ウチでもエンバクの残渣をかき集めて堆肥化させた土を苗土にしている。エンバクは柔らかいから分解が早いので、土になるスピードも速い。以前、自宅周辺の河川から藁を集めて堆肥化して使ったことがあるんだけど、育つには育ったんだけど、味がめちゃくちゃ不味かった。
資材っていうことで言えば、米ぬかを畑に入れたこともある。最初はらっきょうとか上手くいったんだけど、翌年から徐々に悪くなって、最終的には、ねだりっていう根っこの病気まで出てしまった。全部やって、全部自分の目で見てきた」
この勉強会で、川越はロジカルに自らの農業理論や農法を語ることはしなかった。前日の安井の圃場でも「考えつくことは全部やる」と語り、今も「全部やって、全部自分の目で見てきた」と語っている川越を見ている内に、もしかすると川越には3名の圃場も「こうすれば良くなるのでは」という具体的な道筋、将来の畑のイメージがしっかり浮かんでいるのではないかと思った。
思いつく限りの実験を今尚繰り返している川越からすればもっと具体的なアドバイスだっていくらでもできるはずだ。だがそれは川越のイメージでしかない。だから、最低限ベースとなる、土作りや苗作りの基本的な原則だけを伝えているのだ。例えばギターならコードや弾き方を教わることはできるが、「どうすればジョン・レノンのような曲を作れますか」と聞いたって教えられる人はいない。自分の内側から湧き上がる感情とイメージがなければ音楽は作れない。畑だって同じだ。
「自分の畑は自分の心でやらないといけない。自分らしさっていうのをどんな風に畑で表現するのか。そこまではアドバイスできないから。あとは自分の心でやるしかない」
今回の勉強会はこれまでで一番参加者が多かった。この勉強会を受けて、参加者たちの心の中でどんなイメージが浮かんでいるのだろうか。それが分かるのには、今日の参加者たちが「やれることは全部やった」と言い切れる日が来るのを待つしかないのかもしれない。
勉強会を通じ、何を気付き、何を学んだのか。
参加者たちの生の声を届けるコラム
出荷や作業に追われていると、つい自分の都合優先で作業してしまうんです。雨の前に耕耘速度を上げてしまったり。「それは微生物層を壊す行為だから、ゆっくりとダメージを少なくすることを考えて耕耘しなきゃ」と教えていただきました。人の都合ではなく、自然にどう合わせるのか、常に姿勢を問われていたように思います。
see more...川越さんは、自然栽培という永続性の高い農法を切り開いてきた先人だと思います。そんな川越さんに、畑の可能性、ポテンシャルを見ていただきたくてお越しいただいて、「次のステップにいけるよ」と言われたことが何よりの収穫でした。
see more...畑を見てアドバイスいただけて、これからどのくらいの時間をかけて土作りをしていこうとか自分の中でイメージ出来ました。それと、ここの土地の水を褒めてくださって、改めてここの土地で農業をするメリットや強みを再認識することが出来ました。
see more...前回の勉強会で川越さんから学ばせていただいたことから、エンバクから麦へ移行することや、青いものを一緒にいれることなど、自分なりに考えて色々な実験もしてきました。川越さんが変化し続けるように、自分も最善を目指して実験と変化を繰り返していこうと思います。
see more...農家はどうしても自然や作物を自分の思うようにコントロールしようとやり過ぎる傾向になるのではないかと普段から感じていたので、耕す行為ひとつでも耕し過ぎず自然の力に委ねることの大切さを説いてくださり、これからも自分の畑と対話しながら自分らしい農をしていこうと思いました。
see more...トラクターの耕運速度や深度を「人間都合でやらない」との言葉にはっとさせられました。迷いが生じた時、川越さんがおっしゃる「自然界により近く」という思考で考えると導かれるように解決策が出てくるのではと感じました。まずは一つ一つの畑とがっつりと向き合うことから始めます。
see more...私自身の体験から厳しいと感じていた自然栽培で成功されている方がいると聞いて衝撃を受けたのと同時に本当かな?という疑念があったのも事実です。ですが、川越さんのお話と人柄に触れていく中で瓦解していきました。私も一部ですがスペルト小麦で実践していきたいと思います。
see more...麦を育てて、青いものと一緒に鋤き込むということまでは知っていましたが、どれくらい草が立ってきたらいいのかとか、圃場によって枯れたものと青いものの比率をどう見極めていくかなどヒントになるようなことを沢山学ばせていただいたので、帰って早速、実践します。
see more...土壌中の細菌相のバランスを考えて土作りを設計していくところに、なぜそう考えているのか理屈もしっかりお話いただけて感銘を受けました。これから3年間くらいじっくり時間をかけてデータも取りながら、自分らしい自然栽培を作っていこうと思います。
see more...私のやり方は自然栽培と方向性が少し違いますが、宮崎と今回の勉強会で川越さんのお話を聞いて、エンバクの土作り効果は取り入れるべきと納得しました。窒素補給と土作りという意味でいま使っているヘアリーベッチとエンバクの混植栽培を次はやってみようと思っています。
see more...すごいレベルまで達した方が、どんな考えで過去やられてこられて、今もどうしてらっしゃるのか。ご自身の考え方や進化の変遷をお聞きしたくて参加しました。お話を伺って、今でも去年の自分を疑って、実験を繰り返している。誰かに答えを求めるのではなく、常に対自然で変わり続けている姿が一番の学びでした。
see more...川越さんからは意識やイメージを持つことの大切さを教わりました。また、いずれは自然栽培へ徐々に移行しようと考えている私にとっては、すでに自然栽培を実践されている方々も参加されていたので、そういった方々との交流で様々な情報を得られたことも大きな収穫でした。
see more...自然栽培をやってみたくてエンバクや麦を育てたり、去年の春は無肥料栽培に挑戦したんですが大失敗して、経営的にもかなりの痛手でした。それでも、川越さんの何度も失敗してきたというお話を伺って、私も諦めずに、少しづつ土作りをしながら挑戦していきたいです。
see more...昨年から私自身も緑肥を主体とした野菜作りを始めているのですが、川越さんの実践されている農は、とてもシンプルなもので、だからこそ、「自然との調和」というお話をされていたことが、スッと自分の中に入ってきてとても大切な学びとなりました。
see more...川越さんと知り合って10年ほどですが、これから重粘土の土壌で畑作を始めることになり、改めてお話を聞きたいと思い参加しました。情勢の不安から各資材が高騰する昨今において、何も使わない自然栽培を深め、広げていきたいと思っています。
see more...訪れた3名の畑は想像通りでした。みんなそれぞれ理由や事情があるから、前回の勉強会で伝えたことをやってないからダメだとは思いません。元々、俺が言いたいのは方法論ではないですしね。言われたことをそのままやるのではなくて、自然栽培と出会うことで、その人自身が何を気づき、どう考え、何を学んでいくかが大切なんです。特に自然栽培はマニュアルもないから分からない事だらけだと思います。で、大抵の人は分からない事はやらない。俺の場合は分からないから試す。その差が大きな違いを生むと思うので、みなさん自身のリズムでやっていって欲しいです。
photo/Nami Suzuki text/Takashi Ogura
継続的に開催されている勉強会。それぞれの学びを参加農家がレポート。