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2017.10.08

就農したときのこと(第2回:完結編)

はいっ、前回のブログ「就農したときのこと」の続きです。
前回は、2年前・就農直後の10月中旬にほうれん草など葉物野菜の種を播き、
レタスなどの苗を定植したところまでお伝えしました。
その結果がこちらの写真です。

fujihara12-1

(良く出来た葉物野菜。2015年11月20日撮影)

僕がいる2畝(1畝が約40m)が小松菜、その左3畝がミニチンゲン菜、更に3畝が蕪、
更に1畝が水菜、更に人参、玉葱、大根と続きます。
小松菜の右が、1畝空けてレタス、ミニキャベツ、ミニ白菜2畝です。
小松菜、ミニチンゲン菜などの葉物や蕪は、虫食いもなく、揃ってきれいによく出来ました。
しかーし、この量、出荷先の乏しい状況で、労力もなく、ほとんど収穫出来ずに畑に残してしまうことになりました。ごめんよ、野菜たち。

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(きれいに出来たミニチンゲン菜)

それから、レタスなどはやはり、種を播く時期が遅かったので、なかなか大きくならなかったです。

それでも、ミニ白菜は、1月にはそれなりに出来ました。
雪対策で葉を結束していたのですが、徐々に中が充実するんですね。
曇天が多く、しかも枯れた外葉に包まれているのに、どうやって成長しているのか、不思議です。

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(溶けてきた雪の中から姿を現し、夕日に当たるミニ白菜。お地蔵さんのよう)

充分な準備が出来ない中、作ってみたら意外と良く出来た初めての野菜。

しかし、この経験に油断してしまい、その後は土の手入れが出来ていない(未熟な有機物が残っていたり、肥料を播いてから日が経っていない)状態で作付して、虫に食われたり、根切り虫に苗を切られたりすることを続けてしまいました。

まだまだ同じ失敗を繰り返しているところがありますが、
徐々に改善している最中のふじはら農園です。

challenger

藤原直樹

藤原直樹(ふじはらなおき)
鳥取県 伯耆町

1973年鳥取県生まれ。愛媛の機械製作会社で10年余り働いた後、高知の山下一穂さんが塾長をつとめていた土佐自然塾で研修し、地元鳥取に戻って「ふじはら農園」を開く。妻と子ども3人の5人家族。

写真家の眼 藤原直樹

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