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植物の力を人間の言葉で代弁するのが私の役割

神奈川県・相模原市緑区は、都心から車で一時間半もかからない距離なのに、
美しい自然を遺した里山が広がる地域だ。
そこに、国内屈指のハーバリストがいると聞いた。
なんでも、その方は、元・音楽家でありながら、40歳を過ぎてから農の道に入り、
欧州原産のハーブを相模原市で見事に100種類以上も自生させ、
それを原料として身体的な痛みや心的ストレスに悩む人たちを日々セラピーしていると聞いた。
ハーブという未知なる植物への好奇心に導かれるようにして、彼女のもとを訪れた。

chapter01

石井智子さんは、1958年、神奈川県横浜市で生まれた。当時では珍しかった車のカスタム・ペインティングを職業としていた父は「ちょっとカスタムペイント見に行ってくる」と行ってロサンジェルスまで出かけてしまうような人だった。
そんな父の創造性を石井さんは音楽という形で受け継いだ。3歳でピアノを始めると、「一生音楽と一緒に生きていく」と決めたという。

事実、20代の後半という異例の速さで音楽大学の教職に就いた。しかし、「私は音楽の才能には恵まれていなかった。だから人の何倍も練習した」という努力は彼女の体を壊す。オルガンを専門にしていた彼女は、常に尾てい骨だけで全身を支える無理な姿勢で毎日毎日10時間以上練習を続けていた。その結果、脊髄に負担をかけ過ぎ、頚椎(けいつい)を損傷。最初に指の感覚が消え、それから徐々に両手、両足も物凄い痺れと痛みに襲われるようになった。とうとう痛みで首を上に向けることもままならなくなり、石井さんは音楽を断念した。

音楽という生きる目標が消え、失意の中で出会ったもの。それが、ハーブの世界だった。

石井さんの圃場へ着く。そこには、これから冬を迎えようとしているラベンダーやローズマリー、レモングラスやミントなどが静かに佇んでいる。しばらく圃場を歩いていて感じるのは、静謐さだった。大抵の農家の圃場は、野菜たちが旺盛に生命力を輝かせ、土に触れれば活性化した微生物たちのエネルギーを感じるような畑全体が躍動しているような空気を感じる。それが石井さんの圃場からは感じられない。何故なんだろう。
「そこが、まず、野菜農家さんたちと私の大きな違い。野菜は季節ごとに育てて、片付けてというサイクルで畑を回すでしょ。私のハーブは、一度植えたら朽ちて土に還るまでずっとここにいるの。あのラベンダーなんて、もう13年もいる。
そのために、一番肝心なのは、ハーブたちにストレスを与えないこと。そして、ハーブを育てる土にもストレスを与えないようにしている。野菜農家さんの圃場は、それが有機農法であっても、早く、沢山の収穫ができるようにと仕向けていくでしょう。私はそれは作物にも土にもストレスなんじゃないかと思う。そのストレスが躍動するようなエネルギーになってるんじゃないかな」

確かに、トマトひとつとっても、あえて水やりをしないとか、根をいじめるとか、いかに限られた時間の中で作物のポテンシャルを引き出そうかと苦心している農家の姿は何回も見てきた。
「だから、私は農法で区切ることに意味を感じない。どれくらいその作物と向き合って、その子たちがのびのびと育っていけるかってことにフォーカスしている。さあ、まずは畑を回りましょう」

chapter02

石井さんと一緒に圃場へ足を踏み入れる。
「このローズマリー触ってみてください」と言われ、取材陣全員で手でしごくようにローズマリーに触れる。
「ハーブは触ってあげないといけない。触ると、芳香官が開いて香りを出すの」
取材陣から一斉に「うわあ、いい香り」と感嘆の声が上がった。
「ローズマリーだけでもウチでは8種類の品種を育ててる。ミントに至っては、ホクト、ブラックペパー、グレープフルーツ、オレンジ、レモン、イングリッシュ、ブエナとか全部で13品種くらい。
観光地とかにあるハーブ園は、見た目綺麗な花が咲いて、いつもグリーンでいるような品種が多いんだけど、ウチはハーブの見本園。つまりは研究圃場だと考えているから、綺麗に育てることは目的としていない。
ハーブひとつひとつ、この子たちが持っている本来の生命を自由に全うさせてあげることだけを考えている。だから、その分、ローズマリーひとつ取っても香りが全く違うの。芳香性がとても高まるの」

さっき話してくれた13年もここで育っているラベンダーへ案内してくれた。その木は、鹿に乗っかられて折れてしまったという曲がった根元のまま、それでもしっかりと生きていた。
「ラベンダーはもともとヨーロッパの標高が800mくらいのところで、寒暖差が激しい環境で育つ植物。そして、13年くらいで生命を全うしてだんだん朽ちていく。それをウチも同じように、挿し木をして株を育てることから始めて、朽ちて土に還るという彼ら本来の生命のサイクルを全うしてもらえるような環境を作っている。この子は、鹿に折られながらも、ここまで生きてきて、今はゆっくりと朽ちているところなの」
そのラベンダーを眺めていると”レジリエンス”という言葉が頭に浮かんできた。
ここ数年、ビジネス用語として『様々な環境の変化やストレスを受けてもそれを跳ね返して回復できる力』というような概念で、コロナ禍で大きく変化流動している社会情勢の中で、最近また注目されているキーワードでもある。

ヨーロッパというアルカリ土壌の標高の高い場所で産まれながら、酸性土壌の日本で根を張り、鹿に株元を折られながらも、それでも生き続け、石井さんによると「若い木よりも芳醇な香りが抜群」といわしめるこのラベンダーはレジリエンスそのものなんじゃないか。そう思った時、石井さんの圃場が静謐な理由が少しわかった気がした。
ハーブも土も日頃はストレスを受けずに自然本来の姿でいられるからこそ、無理に頑張る必要もない。だから、ここの圃場は静かなんじゃない。これが自然本来の姿に近いのだ。だからこそ、生命に関わるようなストレスに遭遇しても、日々ゆっくりと蓄えた生命力でそのストレスを跳ね返し、生き続けることができるのだ。
石井さんは言う。
「ここにいると、植物が生き方を教えてくれる。正しい生き方を。その正しさとは、あるがままであることの美しさ。」
これまで気づけなかった、農の持つ力。安心で安全な食糧を生産し、届けると言うこととはまた違った、農の役割を教わった気がした。

好奇心という種を持ち続けること。種は可能性だから。

chapter03

先にも触れたが、石井さんは、ハーブの香りに魅せられて、一歩、農の道へと足を踏み入れた。年齢は40歳を過ぎていた。植物は好きだったが、農の経験は全くなかった。決して若くはない、新たなチャレンジ。それでも焦らなかった。
「ハーブの香りに魅せられたから、まずは蒸留の勉強から始めた。ありがたいことに、北里大学の研究所を紹介してくださる方がいて、それがご縁で、5年間、毎日、朝の9時から夜の11時までひたすら蒸留をしまくった。そうして、化学的な知見に基づいた植物と向き合う研究室レベルでの技術を身につけさせていただいた。
だけど、蒸留を知れば知るほど、原料となるハーブそのもののクオリティへのこだわりが高まってきた。」

ある時、石井さんが自分で見よう見まねでオーガニックで栽培したハーブを収穫し、蒸留にかけた。すると、それまで購入して使っていたハーブとは比べられないほど、芳醇な香りが立ち昇ったという。
「その時に、原料となるハーブも自分自身で育てなければ、本当のハーブの力には出会えないと痛感した」
そこで、石井さんが取った行動がすごい。神奈川県全域で、黒土、赤土、慣行農法で何十年もやってきた土など、全く異なる履歴と性質の土壌の圃場を7箇所を借りて、どんな土で、どんな風にハーブが育つのか実験を始めたのだ。

「全部、土を知るため、土を学ぶためにした実験だったの。このバラバラの土たちを相手にハーブがどう育っていくのかみたい。知りたい。その思いだけ。失敗することも当たり前だと思っていた。だって、成功でも失敗でも結果を出せばそれがすべて学びになる。むしろ成功だけ狙っているとキャパが狭くなる。毎日、軽トラにマメトラ積んで、あちこちの圃場を回る。それを6年続けた。」

わずかな休日は、ハーブにまつわるアロマやホメオパシーなどのスクールへ通うことに当てた。そんな中で、ハーブの本場、英国のライセンスも取得するなど、知識もひたすら吸収した。気がつけば、音楽を手放し、ハーブの世界に足を踏み入れてから10年を超える時間が過ぎていた。そうして、最終的に選んだのが、この圃場だった。たった一人での長い長い挑戦。それでも孤独は感じなかった。
「だって、この子たちがいるじゃない。例えば、この子見て。これは7年も前に植えたティーツリー。本当は柿の樹くらい大きく育つはずなのに、まだこんな小さいままなの。でも、この土が合わなかったらとっくに枯れるはず。それが、こうして、少しづつでも成長しているところを見ると、ここで育つことをゴネてるのよ笑。こんな風に、ここには100種類を超える子たちがいるでしょ。だから、毎日毎日、たくさんのハーブたちと会話してるから寂しいどころか、賑やかすぎるのよ」

chapter04

石井さんの圃場で気づいたことがもうひとつあった。野菜の畑のような畝立てをしていないことだった。
「だって、10 年以上育てていくのに、畝なんて建てたら、そこから根が露出して枯れちゃうでしょ。ウチは、土の中の微生物を活性化するための植物由来の堆肥しか使わないんだけど、それもしばらくの間、通路に置いておくの。そこに枯れたハーブや草を積み上げて時間をかけて発酵させて、この環境と土になじませてから少しづつ入れていく」

以前は草一本生えていないくらい圃場全体を草刈りしていたこともあったというが、今は、過度な草刈りはしないという。
「ここには結構スギナが生えてくる。野菜農家さんは嫌うけど、私は、スギナが出るってことは、酸性の土壌をアルカリ性に転ばせよう、中和しようとしてくれている天然の土壌改良材だと思う。だって、ここ借りた当初は、苦土欠だって言われたんだけど、石灰なんか全く入れずに、今では苦土欠が解消されてるのがその証。」

石井さんには、すべてのハーブの根が見えるという。そして、土の中に、様々な植物の根と微生物が暮らす、地下のタワーマンションがあると言う。
「ハーブとは、人の生活、健康に役立つ植物。食べたり、コスメにしたり、あらゆるシーンで活用することができる、自然のメディスン。例えば、アスピリンってあるでしょ。頭痛薬の、あれは、植物の構造から学んで、その薬効だけを科学的に抽出したもの。こんな風に、大抵の薬は、大元を辿れば植物の薬効成分に行き着く。つまり、植物、ハーブこそが自然が人間にもたらしてくれた薬なの。だからこそ、育てるときも耕したりとか不自然なことは極力減らしている。それともうひとつ言いたいのは、土耕じゃなければ本物は育たないということ。なぜなら、それも自然だから。
自然とは時間と向き合うことだと思う。人間のエゴを押し付けるのではなく、自然が本来のリズムで与えてくれる恵みをいただく。その長い時間こそがオーガニックということだと私は思う」

石井さんは自身を称して、ハーバリストであり、フィトセラピーであるという。
「フィトセラピストとは、植物の力を人間の言葉で代弁して、人々の健康に寄与できる人のこと。それが私の役割。私自身、とにかく土と植物の美しさに魅せられている。自分が大病したから、肉体的にも精神的にも痛みを持った人たちの気持ちも理解できる。
ここにはたくさんの人たちが来るけど。誰もが『心地よい』って言ってくれるのは、土のバランスが取れて、ストレスのない植物たちが育っている。風景とも馴染んでるから、なんか特別な感じがしないでしょう。それは、土も、ハーブも、周りの動物たちも、農家さんがいうところの雑草でさえも、そして私自身もみんなが対等だから。一体化できてるからだと思う。」
さっき石井さんが語った「植物が教えてくれる、正しい生き方」とは、「音楽は自分の内側から出る快感を与えてくれた。でも、植物は、ひとつの生物として、快感ではなく、感動をくれる。みんなが同等なんだって教えてくれる。この植物の感動を、ハーブを通じてみなさんと共有したい。それだけが私の思い」

最後に、新規就農者、とりわけ女性農家にメッセージをくれた。「力仕事でバリバリやっていく男性と張り合うのではなく、女性らしい感性を生かして、なおかつそんなに大きな面積を持たなくとも農的な仕事をするにはハーブは向いてると思います。ただし、ずっと好奇心という種を持ち続けられる人。どんな小さな植物でも、大木でも、全ては小さな種から始まるの。種は可能性だから」
土にも植物にもストレスを与えない圃場。食料としてだけでなく、生活のあらゆる場面で私たちの暮らしを豊かにしてくれるもの。女性だからこそ出来得る農の形。確かに、石井さんが蒔いているハーブという種は、私たちにたくさんの可能性をもたらしてくれている。

photo/Kentaro Kumon text/Takashi Ogura

石井智子(Tomoko Ishii)

1959年。神奈川県・横浜市生まれ。Japan Herb Science(JHS)代表。世界中から取り寄せたハーブを自ら無農薬で育て、ハーブによって心身ともに豊かな暮らしを届ける活動をしている。自宅でのカウンセリングやセラピー、圃場でのワークショップなど旺盛な活動をしている。
http://japan-herb-science.com/herb

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